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大野裕之 おおのひろゆき Ono Hiroyuki

誕生日
1974年9月27日
星座
てんびん座
出身地
大阪府

大野裕之のSNS

  • 木屋町のくり田にて

    映画オタクのNHKディレクター尾崎さんが東京に転任とのことで、木屋町のくり田で二人送別会。劇団とっても便利の佐藤都輝子…

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  • 『京都のおねだん』で、一見さんお断りの先斗町の芸妓さんBARに行こう!

    帰国してしばらくして先斗町の亜弥さんからお電話。白竹堂の山岡さんとエムズエステートの岡本さんお揃い。『京都のおねだ…

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  • ボローニャ滞在の追記メモ

    *ボローニャでの2軒目の民泊の共用スペースで。写真の女性は、この民泊を運営する夫婦の妹さん(学生)。丁寧に応対して…

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  • 【ボローニャに戻って、二之湯府会議員の映画産業視察案内】

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  • 【ロイド=ウェバーの新作『スクール・オヴ・ロック』は大傑作だった】

    【ロイド=ウェバーの新作『スクール・オヴ・ロック』は大傑作だった】2002年5月11日、初演からちょうど21年の日…

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  • 【ロンドン:ロイヤル・オペラハウスの『トゥーランドット』と『オテロ』】

    土曜日の朝にテイト・モダンでのジャコメッティ展を駆け足でまわる。非常に刺激的。昼に小塚君と待ち合わせて、ロイヤル・…

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木屋町のくり田にて
2017/07/25 08:37アメブロ

映画オタクのNHKディレクター尾崎さんが東京に転任とのことで、木屋町のくり田で二人送別会。劇団とっても便利の佐藤都輝子が『あさが来た』の時にお世話になった。延々と映画談義の後、クーリンチェが青春の一本という尾崎さんのために、ぼくがエドワード・ヤン監督とラーメンを食べた長浜ラーメンでしめるか、吉村公三郎監督の『偽れる盛装』で逃げまどう京マチ子を追いかけて団栗橋を渡ってワインバー近江栄に行くか。この日は近江栄へ。美味しいワインと、芸舞妓さんで賑わう店内で京都の夜を堪能。夏のくり田の素敵なメニューの写真ばかりで、われわれの写真はないけど、近いうちの再会と作品づくりを誓いつつ。










『京都のおねだん』で、一見さんお断りの先斗町の芸妓さんBARに行こう!
2017/07/24 22:36アメブロ

帰国してしばらくして先斗町の亜弥さんからお電話。白竹堂の山岡さんとエムズエステートの岡本さんお揃い。『京都のおねだん』取材でもお世話になったみなさんに、帰国お祝いしていただきました!


なんと、亜弥さんのご好意で、『京都のおねだん』をお持ちの方は、初めてのお客様でも、先斗町の芸妓さん亜弥さんのBAR亜弥に入店できます!ぜひご利用ください。


ボローニャ滞在の追記メモ
2017/07/17 00:14アメブロ

*ボローニャでの2軒目の民泊の共用スペースで。写真の女性は、この民泊を運営する夫婦の妹さん(学生)。丁寧に応対してくれた。



*先日の墨田区でのチャップリンのフィルムコンサートでも再会したばかりのティム・ブロックとセルフィーを撮ろうとしたら、ご子息セバスチアーノが割り込んできた。


*いつもボローニャで真っ先に会うヴァレリオ。


*映画祭最終日のランチ。チャップリン・オフィスのケイト、ピーター、フーマン、演奏家のモードと、ボローニャ近代美術館で。日曜でも開いている。


*誰からもらったのか坂本龍馬のTシャツを着ているデイヴィッド・ロビンソン。


スイスへ向かう特急、乗り換えのミラノで。
日本人にとっては意外かもしれないが、ヨーロッパの鉄道は日本に比べてはるかに安く、在来線はとても速い。



スイスに抜ける車窓から。イタリア北部のマッジョーレ湖。




【ボローニャに戻って、二之湯府会議員の映画産業視察案内】
2017/07/15 06:33アメブロ

【ボローニャに戻って、二之湯府会議員の映画産業視察案内】

ロンドンからボローニャに戻る。

ボローニャに戻って初日:昼間はオフで、ずっと次回作の脚本を考えていた。
夕方になって、チネテカの映像修復会社から電話あり、ダヴィデ・ポッツィがミーティングしようとのことで、チネテカに向かった。
翌日よりパリ出張のダヴィデから、映画修復産業の実態についていろいろ教えてもらった。
夜は宿の近くの初めていくレストラン。なかなかよかった。

夜遅くに、京都から二之湯しんじ府会議員が到着。
彼の今回の多くのミッションのなかの一つに、映画修復産業の視察がある。私は、その案内人を務めさせていただくことになっている。
着いて早々パレスホテルの横のレストランで、夜遅くまで明日以降の予習ミーティング。
二之湯さんもたくさんの資料を持ってきていて、気合が入っておられる。
夜は、マッジョーレ広場で『七人の侍』が無料上映されていて、4000人ぐらいのお客さんが見入っていた。二之湯さんも、さっそく豊かな映画環境を目の当たりにして、大いに刺激を受けたようだ。

ボローニャに戻って2日目。
まずは、チネテカ・ディ・ボローニャ(映画博物館)の子会社であるイマジネ・リトロバータ(映像修復社)の視察。
ユリアとセレナが案内してくれる。




ここでは、クラシック映画をデジタル修復して往時の美しさを蘇らせる仕事をしている。映画の修復会社として世界最大の会社の一つだ。常時80人が働いている。
フィルムの状態を吟味してチェックして修復する部屋、フィルムの汚れを洗浄する機材、フィルムをデジタルスキャンする機械、そしてフィルムを特殊な液体に浸して、傷を消しながらデジタルスキャンする最新鋭の機械、世界中から集めたいくつもの素材を画面上で比較検討する部屋、色を補正する部屋(ここでは公開当時にどんな色を狙っていたかを知っている、当時の関係者の証言や、歴史的資料など、様々な議論が交わされつつ決定される)、そしてデジタル画面上で傷や汚れを取り除いていく部屋、音声を修復する部屋・・・午前中いっぱい、じっくりと世界最先端の映像修復の技術を見せてもらった。私も初めて知ることもおおく、大変勉強になった。 




午後は、チネテカの図書館・資料館の視察。こちらは、私は10年来研究をさせていただいている場所だ(実は、ぼくの本も所蔵されている)。コレクションのなかにはとても珍しいものもある。たとえば、ヴィットリオ・デ・シーカは映画監督であり俳優でもあったのだが、実は流行歌手としてポップソングをヒットさせてもいる。その貴重なレコードもあり興味深い。あとは、パゾリーニが描いた絵画。もちろん、チャップリンの全資料がデジタルスキャンされていることでも有名だ。チネテカは教育活動にも力を入れていて、映画を通じた子供達の教育のほか、失業者にメディアの使い方を教えての就業支援も行なう。この日もそのレクチャーが行なわれていた。
ランチでは、セレナに根掘り葉掘りチネテカの活動や運営についておうかがいした。
二之湯さんも熱心に質問し、多くの成果を得られたようだった。

ボローニャに戻って3日目。
チネテカのトップであるジャン=ルカと、映画祭のプログラムからアーカイブ研究までクラシック映画研究界の先端を走るチェチリアと4人でランチを食べながら、様々に教えを請う。チェチリアとは2005年のロンドンのチャップリン会議で出会って以来、12年にわたってのつきあいだ。私が京都での国際シンポジウムにお呼びしたり、チェチリアからボローニャでのチャップリン・デビュー100年の国際会議に呼んでくれたり、チェチリアがキュレーターを務めたボローニャ でのチャップリン展覧会に私が協力させていただいたり。同い年ということもあり、密な交流のもと常に刺激を受けている。


この日もお二人から、映画、映画修復、映画祭の歴史、実際の運営――日本の映画祭の数分の一の少ない予算で、数十倍の動員(今年のボローニャ映画祭は、動員10万5000人)と経済効果をあげていることなど、貴重なお話をお聞かせいただく。
面白いのは、ジャン=ルカが映画と同じぐらい相当の食通で、彼がワインを選ぶたびに、その解説がすごい。どれも自然栽培のものを選んでいて、昨今の大量生産のワインに対して「自然からのレジスタンス」と呼ばれる食品の栽培・製造の運動があるそうだ。たしかにとても美味しい。「食事は文化。いい料理があるところには、いい映画がある。ボローニャも日本も同じだ」とのこと。私たちはすっかり意気投合し、将来にわたって様々に交流することを約束してわかれた。
夜は、フィレンツェで活動するオペラ歌手の臼井さんも合流し、ジャン=ルカがオススメしてくれたトラットリア「セルゲイ」で食事。(ジャン=ルカにぼくが日本で作った料理の写真を見せたところ、「うむ。オーノは、今夜はセルゲイで食べるのが良い」と予約してくれた笑)。ここでもいろんな意見交換。
わずか2日半だが、見るべきところを見て、会うべき人に会って、最大の成果が得られた。京都での文化産業・行政の発展に生かされることだろう。

その翌朝。
今回の滞在の帰国の日。
午前中、ホテルのロビーで脚本の直しを行なって、ボローニャからドバイまでの機内でも直し、ドバイ空港でレバノン料理を食べながら、一通りプロットを改稿した。4稿目。ボローニャ、ヴヴェイ、ロンドンでの研究の成果が出ているだろうか?
ドバイ~関空の便ではずっと爆睡し、起きたら北京上空。
あと1時間弱で関空に着く。
まるまる3週間の、近年では長いヨーロッパ滞在で、とても多くのものを得た。早急に日本で追加の勉強をしないと消化できないほどだ。
今後の創作に研究に、この成果を盛り込もう。
【ロイド=ウェバーの新作『スクール・オヴ・ロック』は大傑作だった】
2017/07/13 17:46アメブロ

【ロイド=ウェバーの新作『スクール・オヴ・ロック』は大傑作だった】



2002年5月11日、初演からちょうど21年の日に『キャッツ』は、ニューロンドン・シアターでの21年のロングランを終えた。イギリスでは21歳の誕生日は特別な日なので、まさにその日にキャッツはこの世を離れて飛び立っていったわけだ。ぼくは1993年以来、当地でキャッツを17回見た。最後に2002年3月に見たとき、前から4列目のムーヴィング・ストールズで見て、メモリーの途中、間奏のあいだ倒れこんだグリザベラの迫真の演技、転調後の絶唱に、あふれる涙をおさえることができず、カーテンコールでそんな僕を見つけてくれたグリザベラがしっぽを小さく振ってくれて、余計に涙が溢れてきた。
そんな想い出を大事にするためにも、以来、ぼくはニューロンドンシアターを訪れることができなかった。どんなに見たい作品がやっていても、キャッツ以外がやっているニューロンドンには行けなかったのだ。
しかし、今回、ロイド=ウェバーの最新作『スクール・オヴ・ロック』の上演が始まり、覚悟をきめてその地を訪れることにした。
 


『ジーザス・クライスト・スーパースター』『エヴィータ』『キャッツ』『オペラ座の怪人』『サンセット大通り』と世界的ヒット作を飛ばしたロイド=ウェバーも、ここ20年間「メガヒット作」がない。もちろんどれも彼の圧倒的な名声ゆえ2~3年はロングランするのだが、かつてのような世界を揺るがすヒット作はこのところ出ていない。
巨匠の座に安住せず常にヒットメーカーでいたい彼は、イギリスのアイドルグループと組んだり、はやりの若手演出家を起用したりと必死だ。それにしても、なにを思ったのか、オペラ座の怪人の続編を作って困惑させたり、前作『スティーヴン・ウォード』では、1950年代のイギリスの政治スキャンダル(医者が保守党議員に娼婦を紹介して賄賂を云々)を題材にミュージカルを作って、ロイド=ウェバー史上最短の4ヶ月でクローズした。日本で言えば許永中みたいな話で、そこにロイド=ウェバーが美しいメロディを書き下ろし、曲はいいんやけど、このストーリーなんでやねんという作品になっていた。
しかしながら、僕にとっては、ロイド=ウェバーにいい作品も悪い作品もない。彼こそ、ミュージカルであり、あの甘美なメロディと様々な音楽ジャンルからのコラージュ、音楽とセリフのブレンド割合とリズムは、僕の血であり肉になっている。けっきょく、彼の作品で育ってきたわけだから。

で、今回。
しばらく前に、ロイド=ウェバーの最新作が『スクール・オヴ・ロック』だと発表されたとき、こんどはまたなんでやねんと正直思った。デビュー作『ジーザス・クライスト~』はロックミュージカルだったが、あらためて原点回帰するのか、それとも若者向けを作りたいのか。にしても、『ハミルトン』などヒップホップミュージカル全盛の時代に、「ロックミュージカル」なんて、いかにも古臭い。でも、いいのだ。どうせ見に行く。
と思っていたら、なんと、『スクール・オヴ・ロック』は、ロイド=ウェバー久々の大ヒット作となったのだ。

この日、小塚君とニューロンドン前のインド料理屋で待ち合わせた。かつて「ラスト・デイズ・オヴ・ラジ」というインド料理屋だったが、15年のあいだに屋号が変わっていた。
食事を終えて、ニューロンドンシアターに入ると、内装はほとんどかわっておらず、舞台が円形だったこともあって、まるでキャッツの上演を待っているような気分になる。
 
 
 


あいまを見て、いつも僕がキャッツを見ていた一階席のK-33番、L-33番に行ってみた。この座席はトレヴァー・ナンの演出の構成全体が見渡せるいい位置で、通路側なので猫が来てくれる。Naming of the catsの詩の朗読のときに、もちろん暗記しているぼくは近寄ってきた猫といっしょにTSエリオットの素晴らしい詩を口ずさむのを楽しみにしていた。
 


座席の色が15年前とかわっていなくて、ほんとうにキャッツのときと同じだ。ぼくがこの劇場にきて、ノスタルジーにひたりまくるのは仕方ない。キャッツで人生が変わったのだから。

さて、『スクール・オヴ・ロック』上演が始まった。「劇中の演奏は、子供達がほんとうに演奏しています!」というナレーションとともに。
アマチュアのロックバンドをクビになったおっさんが、お金欲しさに友達の教師にばけて上流階級の進学校の代替教師になる。教えられるのはロックだけ。親たちからプレッシャーを受けていた子供たちは、しだいに彼に心を開いて、ロックに夢中になる。しかし、参観日の日とロックバンドコンテストが重なってしまい、騒動になる。堅物の女教師もほんとうはロックファンで、生徒たちのコンサートを応援する。子供達の演奏の輝く姿をみて、親たちも我が子を誇りに思い和解し、最高のライブを披露して、大団円という単純な話だ。
途中、「君は歌えるか?」「はい、歌えます」と女の子がメモリーを歌い、「ああ、その曲はこの建物で聞いたなあ」とアドリブ。思わず、ぼく一人だけ大きな拍手を送った(だれかぼくにつられてもう一人拍手していた)。そんなサービスもありつつ、子供達が楽器の才能を開花させてバンドに参加してくYou’re in the band、親にじぶんの気持ちを聞いてほしいとI got so much insideと歌うバラードなど、目新しさはまったくないオーソドックスな演出にして、テンポよくロック音楽で綴る。なにより、子役たちがドラム、ギター、ベース、キーボードと、超絶技巧をライブで披露してるのがすごい。どれだけオーディションをしてこの人材を集めたのだろうか。
ラストで、子供達の素晴らしい演奏に打たれて、文句を言っていた大人たちも拍手喝采を送り、親子も和解する――そんな単純なエンディングに、子供達の生き生きとした熱演に、すごい演奏に、そしてなにより変わらないロイド=ウェバーの音楽への情熱に、ぼくも小塚くんも感極まって、ぼろぼろ泣いてしまった。

昨日まで、『オテロ』『トゥーランドット』の2本のオペラ、それを否定しつつ生まれてきたジャズ・ミュージカル『 42ndストリート』、さらにアメリカミュージカルへのアンチテーゼとしての『レミゼラブル』とみてきて、ぼくの創作にあらためて指針を与えてくれた。しかし、この『スクール・オヴ・ロック』には、たんに肯定しかない。流行りとは言えない70年代風のロック、単純で素敵なストーリー・・・いま、**が流行りだからどうのこうのというのではない。たんに、この音楽が好きなんだ、これをやり続けているんだという、音楽への、ミュージカルへの、彼自身がこれまでやってきたことへの、大いなる肯定だけがある。それが、これほどまで感動的だとは!

ほんとうに、久し振りに、素晴らしいミュージカルをみた。心から傑作だと思った。これがヒットする理由もわかった。生涯をつうじて、クリエーターはいろんなことを試し、時流を追いかけ、反発し、苦手なこともトライしたり、評価されるために、いろいろもがき苦しむ。もちろん、それはすべて意味がある。そのうえで、けっきょく、ああだこうだじゃなくて、じぶんの好きなことを突き詰めてやり続けることの戻っていく。それが究極の答えになるんやろうな。今年69歳のロイド=ウェバー。もがき続けて、69歳でまたロックにもどってヒットを飛ばすって、マジでロックやん。

(トニー賞でのパフォーマンスを貼り付けます)
【ロンドン:ロイヤル・オペラハウスの『トゥーランドット』と『オテロ』】
2017/07/12 01:30アメブロ

土曜日の朝にテイト・モダンでのジャコメッティ展を駆け足でまわる。非常に刺激的。
昼に小塚君と待ち合わせて、ロイヤル・オペラハウスへ。スタンディングの13ポンドの席でプッチーニの遺作『トゥーランドット』を見る。
これはすごかった!



中国のトゥーランドット姫に求婚するものは、姫の出す3つの謎に答えなくてはならない――ただそれだけの物語で3時間。見せ場に次ぐ見せ場。仮面を使った演出、求婚するカラフが情熱の赤い着物で、冷たくプライドの高い姫が真っ白の服など、奇をてらわず、わかりやすく効果的な演出。「この宮殿で」「誰も寝てはならぬ」など有名なアリアの絶唱。最後に、姫が「彼の名前は愛です」と高らかに歌い上げて幕。なんのこっちゃわからないのに、あまりの力強さに打たれて、強い感動を覚えた。これぞオペラ。
そして、1924年のプッチーニの死後、1926年に『トゥーランドット』が上演された、わずか7年後に『42ndストリート』が作られていることを思い出し、あらためて『42ndストリート』の持つ批評性に想いを馳せた。






夜は、わたし一人で連続でロイヤル・オペラハウス。夜の部は、ヴェルディの『オテロ』。昼に見た『トゥーランドット』とはうってかわって、動く壁、壁にあいた無数の穴を使った陰影の、抽象的な舞台演出。もちろんシェイクスピアのロジカルでモダンな原作。これもオペラ。

モダンなドラマとしての『オテロ』、荒唐無稽なオペラの頂点ともいえる『トゥーランドット』、オペラとヨーロッパの時代を終わらせたアメリカのジャズ・ミュージカル『42ndストリート』、そしてアメリカのミュージカルの時代にとどめを刺したロンドン・ミュージカル/ポップ・オペラ『レ・ミゼラブル』・・創造=否定のポイントのきれいな四角形を数日で辿ることができて、いまぼくが取り組んでいる創作にもおおいに影響を及ぼしそうだ。
明日はロイド=ウェバーの新作『スクール・オヴ・ロック』を見る。さて、どんな五角形を作るのか?