スタスケ

鈴木勝吾 すずきしょうご

出身地
神奈川県

2009年テレビ朝日「侍戦隊シンケンジャー」でシンケングリーン役、2011年チバテレビ「クリスタル」では主演を務める。2011年「BADBOYS」、2014年「カバディ-ン~花吹雪高校篇~」など、映画にも多数起用される。2012年からミュージカル「薄桜鬼」シリーズに出演するなど、舞台でも活躍。2016年映画「任侠野郎」に出演。特技は、テニス、歌。




鈴木勝吾のSNS

  • NEW 鈴木勝吾情報

    ★お知らせヒラタオフィスウルウル『ショーゴのルーティンとクロアチアその後。』前編 後編http://www.h続きをみ…

    アメブロ 鈴木勝吾オフィシャルブログ「Smiling days★」Powered by Ameba 7時間前

  • NEW 鈴木勝吾情報

    ★お知らせ舞台【PSY・S】 DisGOONie 公式Twitter生配信決定!「開幕直前!舞台『PSY・S』生特番」…

    アメブロ 鈴木勝吾オフィシャルブログ「Smiling days★」Powered by Ameba 20時間前

  • sd-1152〜寒気と共に向日葵はその季節を終えて、蝙蝠達は姿変える。

    こんにちは。さようなら。おはよう。おやすみなさい。変わらぬ時間を刻み季節は巡る。12年でも、5年でも、3年でも、季節は…

    アメブロ 鈴木勝吾オフィシャルブログ「Smiling days★」Powered by Ameba 1日前

  • 鈴木勝吾情報

    ★出演のお知らせ 第10回全国大学ビブリオバトル首都決戦にゲスト出演致します。 日時:2019年12月22日(日)会場…

    アメブロ 鈴木勝吾オフィシャルブログ「Smiling days★」Powered by Ameba 4日前

  • 鈴木勝吾情報

    ★お知らせ 鈴木勝吾のニコニコチャンネルが始動することとなりました!初回放送は10月18日21時より「居酒屋生放送」で…

    アメブロ 鈴木勝吾オフィシャルブログ「Smiling days★」Powered by Ameba 7日前

  • sd-1151〜秋、愛らしく、空気を愛でる。

    空気の重さが変わったなと思うものの、翌日にはまた夏の暑さに包まれていたりする。眉間にシワをよせ、薄いため息をはいて、奥…

    アメブロ 鈴木勝吾オフィシャルブログ「Smiling days★」Powered by Ameba 8日前

鈴木勝吾情報
2019/10/22 10:06アメブロ

★お知らせヒラタオフィスウルウル『ショーゴのルーティンとクロアチアその後。』前編 後編http://www.h続きをみる

『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』

鈴木勝吾情報
2019/10/21 21:00アメブロ

★お知らせ舞台【PSY・S】 DisGOONie 公式Twitter生配信決定!「開幕直前!舞台『PSY・S』生特番」配信日時:2019年10月28日(月)19:00~(90分予定)お楽しみに!公演チケット一般発売中h続きをみる

『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』

sd-1152〜寒気と共に向日葵はその季節を終えて、蝙蝠達は姿変える。
2019/10/20 22:33アメブロ

こんにちは。さようなら。おはよう。おやすみなさい。変わらぬ時間を刻み季節は巡る。12年でも、5年でも、3年でも、季節はあっという間に。夏でも冬でも鍋を囲んで人々は出逢う。鍋を作っては渡し合い、束の間の談笑は心の安らぎだ。祝い事を前にして古灯台に火を灯せば、それは急な嵐を呼び込む兆しとなろう。凸と凹を合わせてこそだと団結する、その春の嵐を乗り越えんとする結束の美しさたるや、人間の真実であるとさえ思える。だが、春が過ぎ夏が終われば向日葵は色を変えるのが世の理だ。折り重なった季節は実りを与えず、向日葵の誰もが認める秀逸なる美しさはそれを何一つ変わらずに証明してみせた。砂漠に根を下ろす覇王樹は砂漠でしか生きられず、過剰な水はそれを腐らせるし、蝙蝠共は暗い洞窟に巣食い闇の中でしか舞う事しか許されない。そして、群れを成せなかった狼はただ生きる為、枯れた森を獲物を追い求め独り走り続けるしかないのだ、ということを。何一つ変わらず立ち帰っただけである。時を飛び越えるなど、未来へ行くなど、夢のまた夢だと思っていたが、そう考えると。何かとてつもない閃きをして未来を想像し夢を描く時それはひょっとすると時を越えているかもしれない。あっという間に、以前の自分にもどり自明の理を突きつけられれば、それは過去へ戻った事なのかもしれない。人間の思考と魂はとてつもなく有能である。それを人間自身が使いこなせるかどうかは別として。往々にして、人はどうにかできる何かをどうにもせず悔やみ。自分にはどうにもできぬことで悩むのだ。未来は思い描くことも大事だが、今を着実に生きることの方がより大切だ。いつでも向日葵は自らがそれと認める太陽の方へと顔をむける。雨の中、羽を濡らした小虫には結果目を向けず。花は蜜を吸いにくる、少年のような蜂一匹にはそれをむけることはなく、獲物を追う狼に黙って捕まってやる奴はいない。闇を舞う蝙蝠が休むのは暗い洞窟の中だ。荒野で生き抜く覇王樹は渇きでこそ強く根を張る。生き抜くためにはそれしかないと知っているからだ。安寧の地は幻想であると、信じ切ってしまっているし安心、安全、平穏、安息への恐怖が世界の色を決めている。その幻想が、実在するオアシスであると信じれば弱さへの始まりであると思い込んでいる。一度太陽の光を知れば闇を飛び交う蝙蝠には目を瞑り、また太陽が昇ることを望む。それが向日葵だ。だが珍種、貴種もある。その唯一であるはずの太陽から、太陽を裏切り闇へと顔向けるものだ。昼に咲くありきたりな向日葵ではなく、闇の中でもその闇を照らす唯一の太陽に自らがなると望みその誓いをたてる"希望の向日葵"だ。蝙蝠達はその光に戸惑いながらもその唯一に希望すら感じるかもしれない、だがその希望が闇に耐えきれずまた昼の太陽へと顔向きを変えることを恐れる。一度の裏切りはまた次の裏切りを呼ぶことをどこかで感じているからだ。言わんこっちゃない!それは暗がりを捨てまた陽の当たる場所へと戻る。闇がどれほど暗いものなのか、それが幾月も幾年も続くことを知らなかったのだろうし、闇で暮らす蝙蝠に比べれば、向日葵は芽を出した瞬間から降り注ぐ光や水に恵まれて育ってきたおかげで、耐え忍ぶことに不慣れだったのだ。闇で過ごしたそれが無事にまた太陽を見つけることができるかは知らないがおそらく世の中そんなものである。一方、蝙蝠はまた闇へとそそくさと逃げ戻っていくだけだ。そんな風に、自然が自然に、いやそれは不自然に蠢く間、姿を変えたまともな人間達は、ちんたらちんたらと進みやしないその自然であり不自然な蠢きに愛想をつかし、嵐を乗り越えんとしたかつての美しさは何処へやら、立ち向かうどころか家に閉じこもりまた鍋を突き始める。遠くで鳴る声には目もくれず。それは性急であり怠惰でもある。そしてまた冬を越え夏を越え…預かり知らぬ所へ歩きだす蝙蝠達はというと、闇の中でとうとう狂いだすのだ。闇の中を飛び回っていた彼らがもはや舞うことはなく、ただ雁首を並べて逆さに宙吊り。暗闇の中で身動き一つ取ることなく、ただ飛び立つ瞬間を待っている。昼の夢も夜の夢も眠ることなく求め続けて、間起きる続きをみる

『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』

鈴木勝吾情報
2019/10/18 12:27アメブロ

★出演のお知らせ 第10回全国大学ビブリオバトル首都決戦にゲスト出演致します。 日時:2019年12月22日(日)会場:よりうり大手町ホール 観覧に続きをみる

『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』

鈴木勝吾情報
2019/10/15 17:08アメブロ

★お知らせ 鈴木勝吾のニコニコチャンネルが始動することとなりました!初回放送は10月18日21時より「居酒屋生放送」で、今後の展開について皆さんと一緒にお話しできればと思います。ぜひお便りやコメントをお待ちしてお続きをみる

『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』

sd-1151〜秋、愛らしく、空気を愛でる。
2019/10/14 13:58アメブロ

空気の重さが変わったなと思うものの、翌日にはまた夏の暑さに包まれていたりする。眉間にシワをよせ、薄いため息をはいて、奥歯を噛み締める。なんだかなぁ。季節変わりのフェイントに若干の苛立ちを隠せない。積み上がる実感をなかなかもてないままに日が過ぎていく。後退してなるものかと。奥歯を噛み締める。昇るもの、昇らざる者。持てる者、持たざる者。選ばれる者、選ばれぬ者。自分がどちらであるかと、人は皆考える。けれど、そんなものはただの分別であり、分布図を書き記すようなものだ。どこにいようが、底辺でもなければ頂点でもない。勝負ごとに勝つには、自然と己との会話になるから。己れに、勝つ。との意味を、もつ僕の名前。「勝吾」両親の生きてきた、魂が詰まってる気がして、何度も自身の名前に救われる。日々を踏ん張って歩いていくと、日々は自ずと過ぎていく。どう過ごそうが、物理的には過ぎていく。今日やれることを、今やれることを。奥歯噛み締めてやる。そんな季節の変わり目に、遅れてやってきた台風は様々なものを様々な傷を残していった。僕の預かり知らぬところでも多くの被害が。そんな時に僕らが携る仕事というのは、懸命に、ということしか出来ない。自らのいる場所で届けることしかできない。無力さと同時にそれは人それぞれにおいて普遍的な事であるとも感じる。以下でも以上でもなくて、各々の裁量と力で生きているわけで、出来ることを全力で。出来ないものは出来ない。ただ懸命に。ちっぽけであり同時に偉大でもある。部屋の鉢植えを眺めて思う。それは、この鉢植えの中で精一杯に生きるしかないのだ。確かに人間は足がある。歩ける。何処へでも。それでも、欺瞞が渦巻き、不誠実で理続きをみる

『著作権保護のため、記事の一部のみ表示されております。』



鈴木勝吾のVOD

※会員専用のVODが含まれております。VODの視聴には各社のサービスに加入する必要があります。